ジョホール・バルの歓喜20年記念

ジョホール・バルの歓喜から20年

マレー半島最南端で、シンガポールとの国境の町、「ジョホール・バル」を日本人の間で有名にしたのは、間違いなく、この「ジョホール・バルの歓喜」である。1994年ロスタイムでの一瞬の油断で失点しワールドカップ初出場が目前で消滅してしまった「ドーハの悲劇」から4年、1997年11月16日に行われたW杯フランス行きをかけての最終戦に勝利し、日本サッカー界の悲願であるW杯初出場を決めたからだ。
当時のラーキン・スタジアムは、1964年に設立されたジョホール州のごく普通の市民サッカー場に過ぎず、この試合を応援するため12,000人のサムライブルーのユニフォームを身に着けた日本人ファンがスタジアムに押し寄せ、地元のサッカーファンに驚きを与える事となった。

その後、2012年2月に、ジョホール・バルの王族トウンク・イスマイル皇太子がジョホール・バル州サッカー協会の会長に就任すると、このスタジアムは数回に渡って大改修が行われ、劇的な変化を遂げ、今ではマレーシア・スーパーリーグで四連覇するジョホール・ダル・タクジム(JDT)FCのホームグラウンドとなっている。

記念ギャラリー「Johor Japan Football Gallery」の建設

ジョホール・バルの名前を日本人の間に有名にしたワールドカップ初出場から20年の節目にあたり、スポーツや歴史・文化を通じて、日本とジョホールの交流を促進する事を目的に設立されたジャパン・ジョホール友好協会では、日本代表が初めてワールドカップ行きを決めたラーキン・スタジアムに、その偉業を現在と未来に残すべく記念のギャラリーを建設する事を発案し、日本サッカー協会及びJDTの協力を得てその建設をスタートすることとなりました。

ジョホール・バルの歓喜20周年「記念ギャラリー」が2018年1月20日ラーキンスタジアムにオープン。

 

 

ギャラリーのコンセプトは、サムライブルーとJDTのロイヤルブルーをベースカラーに、ジョホール・バルと日本をつなぐ海を表現。

さらに、波はスタジアムが盛り上がったときに起こるウェーブ表現し、勢い良く弾ける飛沫(しぶき)と、そして日本の伝統模様である青海波(さいがいは)をデザインに加え、この波はサポーターの想いを、海を越えて運んでいきます。

また海は常に波を起こし続けることから、これからも日本とジョホール・バルが世界に向けて、新しい波を起こし続けていくという願いを込めたものとなっています。

みんなの力で記念のギャラリーを作ろう!!

メモリアルギャラリーの名称は、「Johor Japan Football Gallery」
思い出の地、ラーキンスタジアムの敷地内に建設される事になっています。
金額に応じて、大・中・小のサイズのドネーションプレートを、メモリアルギャラリーの正面に掲示させて頂きます。
ご希望の方は、この機会をお見逃しなく!
掲示させて頂いたプレートはラーキンスタジアムが存在する限りずっと大切に掲示致します。

企業名並びに個人名を刻印させて頂きます。
企業の場合、大と中のみ。個人の場合は大、中、小。大は、10万円、中は5万円、小は3万円の寄付を頂いた方が対象となります。
また、寄付を頂いた方には、お礼として、記念のメダルを送付させて頂く予定です。

ジョホール・バルの歓喜20周年記念
2018年1月20日(土)9時半~12時「城彰二 サッカークリニック」開催!

~ジョホール・バルと日本をスポーツでつなぐ~

JJFAによる、スポーツを通じたジョホール・バルと日本の交流活動の一環。

当日はアンバサダーとして、ジョホール・バルの歓喜の立役者の一人である城彰二氏を招き、現地に住む日本人とジョホール・バルの子供たちがサッカーを通じて交流し、彼らの将来の夢につながる、貴重な経験をして頂きます。