【コラム】ジャマイカの音楽教育事情

今回は、キングストンのエドナ・マンレー芸術大学音楽学部(音楽大学)に派遣された、青木裕子さんからの投稿です。ジャマイカの音楽というとレゲエが中心かと思いますが、奥深い音楽教育事情を是非ご覧ください。
コラム
みなさま、こんにちは。キングストンのエドナ・マンレー芸術大学音楽学部(音楽大学)ピアノ講師として派遣されていました、青木裕子と申します。よろしくお願いいたします。私は2018年10月に派遣されましたが、2020年3月にコロナ感染拡大のため活動を中断して帰国、そして3年近い待機期間を経て、2023年に念願の再派遣(6カ月間)でした。音楽大学では、音楽理論のクラスと、ピアノの補講(定期試験の準備が間に合いそうにない学生対象)が私の主な仕事でした。また、同僚との学内外でコンサートや、大学の近くにある高等学校と小児病院で音楽の授業もしました。今回は、こんな私の経験から見えた、ジャマイカの音楽教育状況を書かせていただきます。
配属先:エドナ・マンレー芸術大学は、美術、演劇、舞踊、音楽、アートマネージメントの5つの学部(大学)から成るジャマイカ唯一の国立芸術大学で、ジャマイカやカリブ地域の芸術文化活性化のための教育機関です。音楽大学は、イギリス領時代からのクラシック音楽教育機関を源流とし、それにジャマイカの民俗音楽とポピュラー音楽(1972年)、よびジャズ教育(1974年)を加えたユニークな教育機関です。あのマサチューセッツ州ボストンの名門バークリー音楽院とほぼ同時期からポピュラーとジャズの教育に着手したので「カリブのバークリー音楽院」と呼ばれているとか、、、。4年生大学で、学生は100人位。ジャマイカ国内からだけではなく、カリブ諸国、USA、西ヨーロッパ、アフリカ、日本など様々な地域から学生が来ています。
この6月にほぼ1年ぶりに音楽大学を訪問しましたが、中庭に新しい壁画が出現していました。まだ、制作途中のようですが、この大学の特色をとても上手く象徴している人物の選択と配置だと感心しましたので、皆様と共有したいと思います。美術大学関係者が制作しているのだと思いますが、いかにもジャマイカ的な鮮やかな色彩の壁画ですね。(図1)
右の3人が音楽家です(他の3人は音楽家ではない)。
一番右から順に、
・マージョリー・ホワイリーMarjorie Whylie(1944 - ):ジャマイカで圧倒的な尊敬を集めているジャマイカ民俗音楽研究家。ジャマイカ国立ダンス劇場音楽監督、キーボード奏者、パーカッション奏者、教育者。2018年12月だったと記憶していますが、私は大学のコンサートホールで彼女と臨席する機会がありました。でも、ジャマイカに来てまもなくの私は、彼女の業績を全然知らず、何も話しかけないでしまいました。残念!!
・パメラ・オゴーマンPamela O’Gorman(生年不明):元音楽学校長(在任1976-1989)、独立後のジャマイカの音楽教育を方向付けた人物。「脱植民地主義」を掲げ、クラシック音楽一辺倒の「権威主義的」教育を脱し、ジャマイカ民俗音楽、ジャズを取り入れた教育を推進。ジャマイカ人作曲家サミュエル・フェルステッドSamuel Felsted (1743-1802)のオラトリオ『ヨナJOHNA』(1775年ロンドン出版)のジャマイカ再初演(1980年)を実現し、植民地時代のジャマイカが本国と同レベルの音楽文化を持っていたことを内外に明かす。
・メルバ・リストンMelba Liston(1926-1999):知る人ぞ知るアメリカの名ジャズ・トロンボーン奏者、映画音楽等の作曲家、編曲家。1973年から数年間ジャマイカに移住し、音楽学校のジャズ教育の礎を築いた。
以上の3人ですが、世界的にも名の通った大物ミュージシャンであるジャズのメルバ・リストンが一番大きく中央に描かれ、右端に2番目に大きくジャマイカ民俗音楽家のマージョリー・ホワイリー、二人間の下方に独立後の音楽教育の方向を打ち出したクラシック音楽教育系のパメラ・オゴーマンが配置されています。「ここはジャズやジャマイカ音楽で活躍する音楽家を育成する音楽大学ですが、クラシック音楽教育も軽視していません」というメッセージのように、私には感じられます。

(図1)音楽大学中庭の壁画(制作中)
ジャマイカの音楽というとレゲエ音楽とボブマリーを思いうかべる方が多いでしょう。でも、この音楽大学には、残念ながらボブマリーの壁画はありませんし、レゲエ専門のコースもありません。それでも、レゲエが大好きでやって来るヨーロッパやUSAからの学生がいます。音楽教育の機会に恵まれたいわゆる先進国からやって来る彼等は、音楽大学で比較的たやすく頭角を現すことができます。そして、学校内外で演奏機会が提供され、それが彼等の成長につながっていく、という好循環の輪に入る事ができます。キングストンは演奏できるチャンスが多いので、日中は音楽大学で勉強して、夜はクラブで演奏、日曜日は教会で演奏、、、と演奏経験を積めるのが魅力です。もしかしたら、収入も得られるかもしれません。
留学生達を見て感じるのは、もし、ジャマイカの学生も彼等のように幼少期からの音楽教育を受けられるなら、きっと、より多くの素晴らしいジャマイカ人音楽人材が育つだろうという事です。残念ながら、今のジャマイカでは音楽の授業がある学校は限定的です。音楽大学に来るジャマイカ人学生の中には、正規の音楽教育は受けておらず「ドレミ」を読むレベルからのスタート、というケースもあります。充分な基礎力がないため、大学のカリキュラムについてこられない学生も出ます。音楽大学の教育レベルを引き上げるためにも、ジャマイカ全土で小学校からの音楽教育が実現される事を願っています。もちろん、権威的な押し付けにならないジャマイカの実情に合った音楽教育です。

再派遣開始時、音楽大学前で学部長代理アドマン氏と