【JICA海外協力隊】京野隊員 活動の様子

隊員紹介

【隊員名】京野慶太郎

【派遣地域】ポートランド教区ポートアントニオ

【職種】防災・災害対策

活動の様子

みなさん、こんにちは。JICA海外協力隊としてジャマイカでボランティア(防災)をしている京野慶太郎と申します。ジャマイカでの体験を多くの方に共有できる機会を頂き、誠にありがとうございます。

わたしは、ジャマイカの首都から車で3時間ほどのポートランド県のポートアントニオという都市で、地域住民に対して防災啓発をしています。この町は、人口1万4千人ほどの小さな町です。この町での生活は、予想していた以上に、日本と違って思い通りにいかないことばかりです。

朝、出勤しようと思い玄関の扉を開けた瞬間、外に出られないほどのスコールが降り始める。雨が止んだ後も、舗装されていない道路に巨大な水たまりができており、その上を車が猛スピードで通過して、水が飛び散り、服が汚れる。バスは時刻表通りに出発しない。お店の看板に営業日と書いてあっても、休みだったりします。日本で一か月の間に起こるトラブルを、こちらでは一日で味わえます。

町で目的地に向かって歩いていると、知らないおじさんや兄ちゃんに呼び止められ、「どこから来たんだ?」「ここで何をしているんだ?」と、たびたび聞かれます。日本では他人から声をかけられることなど、普段はほとんどありませんから、初めの頃は、警戒して肩に力が入っていました。しかし、何度も何度も色々な人から声をかけられていると、次第に、商売目的で声をかけてくる人も中にはいますが、彼らは、私に対する純粋な興味関心で声をかけていて、「とてもオープンでフレンドリーな性格なんだ」と、思えるようになりました。いろいろと話をしていると、なかなか目的地にたどり着きませんが、次に彼らと会った時は遠くからでも、「ワーグワーン?(現地の言葉で:元気かー?)」と声をかけてくれます。

様々なトラブルに揉まれたり、いろいろな人と知り合いになったりしているうちに、自分が町に溶け込んでいっているように感じます。道行く人と目を見て相槌打っていると、不思議なほどその人に、そして、この町に受け入れられているように思えます。

地元の人にとって、ジャマイカでの生活はどのようなものなのでしょうか?ジャマイカに来る前、私は、ボブマーリーのリズミカルで心を和ませてくれるメロディを聞いて、「南国の楽しい雰囲気の国なんだなー」とイメージしていました。上に書いたように、ジャマイカ人の多くは、オープンマインドで日々を楽しんでいるように感じます。しかし、経済指数をみてみると、平均所得は日本の4分の1ほどで、物価は日本より高く、2倍~3倍の物もあり、決して生活は楽とは言えません。国内には経済的な格差があり、今日、明日を生き抜くのに必死な人も多いと思います。また、銃犯罪が多いことや医療機関が充実していないことなどから、日本より”死”が近いように感じます。同僚や知り合いのジャマイカ人に、「どうして生活は苦しいはずなのに、ポジティブでいられるんだ」と聞いたら、「それがジャマイカだ」と返ってきました。受け取り方が違うのは、文化・習慣の違いや、温暖な気候であること、手入れしなくても年中採れる果物、野菜が身近にあること、地域共同体の結びつきが日本より残っていることなど、様々な要素が影響しているのかもれしれません。

日本の都市での生活は、「あーすればこうなる」とシミュレーションしたら、そうなることが多いですが、この国では「あーすればこうなる」とシミュレーションしても、そうならないことばかりです。

私は、この思い通りにいかないことばかりの中で、ポジティブにたくましく生きるジャマイカ人と生活できることを心強く感じると同時に、ありがたく思います。彼らから多くのことを学び、海外協力隊として何か一つでも多くこの土地に貢献したいと思います。